伝統的な左官技能継承を目指す職人


左官技能が継承されてこそ、日本の「土の文化」も継承される

 

三重県四日市市に拠点を置く左官職人集団「蒼築舎株式会社」を率いる、代表の松木憲司さん(52)。この道一筋38年、厚生労働省の「現代の名工」に選ばれるほどに卓越した技能を持つ左官職人だ。その松木さんが今、心血を注いでいるのが後進の育成だ。若い職人が伝統的な左官技能を習得・継承し、日本古来の「土の文化」が守られることを松木さんは切望している。

 

DSC_6679「3ヶ月でこの道を進もうと決めました。自分に合ってる仕事だったんですね」

15歳の時、友人の父親である左官職人に弟子入り。社会人になったばかりの松木さんが、早くも〝天職〟に出会えたのは幸運だった。

「小さい頃から物づくりが大好きでした。左官の仕事は『無』から形をつくり、いろんな事を表現できるのが楽しい。物づくりの原点です」

まさに水を得た魚のように修行に励む毎日だった。もちろん、何度も挫折しかけたが「親方や先輩職人に助けられた」という。4年間の修行、1年のお礼奉公を経て、84年に21歳の若さで独立した。世の中はバブルの時代で、建設業界も活況を呈していた。仕事はいくらでもあった。加えて左官職人・松木は〝仕事が早くて、仕上げが美しい。おまけに値段も安い〟と評判を取った。順調な親方業と同調するように職人の腕も磨きがかかり、33歳の時には「全国左官技能競技大会」で優勝した。

 

土は生きている。土の良さを活かすのが左官の仕事。

 

他の職人の世界同様に左官職も奥が深い。壁塗りひとつをとっても、その時の天候、気温、湿度に応じて作業が変わるほど、実に微妙な左官技能が求められる。その中で松木さんが特にこだわっているのが「土」だ。いい土を探して日本全国はおろかアジア、欧州にまで足を運ぶ。

「土の種類は無数にある。全国を巡って自分の土を見つけ出すのは楽しいことです。土の良いところを活かして使ってあげるのが、左官の仕事です。土は生きていますから」

 

松木さんが確実に「名工」の道を歩む一方で、左官職人を取り巻く環境は大きく変わった。「早く、安く」の新建築材料が開発され、住宅建築での土壁の需要が激減したのだ。松木さんの言によれば「私が多忙だった時と比べて95%ぐらいも減っている」のが現状だ。こうなれば左官職人の仕事は先細り、若い人が集まらず左官技能の伝承は途絶えてしまう。危機感を募らせた松木さんは「後進育成は自分の使命」と決意。02年、社名を「蒼築舎」とし、本格的に若手育成に取り組んだ。

「土壁を使った伝統的な日本家屋は、文化財的な価値があると思います。古くから日本人の生活様式に根ざした『土の文化』を大切にし、守らないといけない」

若い職人に、伝統工法の左官技能が継承されてこそ「土の文化」も継続されると確信している。

(写真)今では少なくなった土壁を用いた家づくり。土壁は空気中の有害物質を吸収したり、室内の湿度を吸い必要に応じて出すなどシックハウス対策にも有効だ。

(写真)今では少なくなった土壁を用いた家づくり。土壁は空気中の有害物質を吸収したり、室内の湿度を吸い必要に応じて出すなどシックハウス対策にも有効だ。

 

コヘッツイは左官職人の未来づくり

 

現在は5人の若い職人が、松木さんのもとで修業を積んでいる。後進育成は着々と進んでいるが、左官職の仕事が減少傾向にあるのは変わりはない。そのため、松木さんが力を注いでいるのが「左官職人の技術を生かした」新商品の開発だ。そのひとつが、戦前にはどの家庭にもあって米を炊いた、かまど(商品名・コヘッツイ)の松木版だ。土を素材に左官職人の熟練の技から生まれたもの。持ち運びのできるポータブルかまどで、その表面は高度な技術の「大津磨き」で仕上げられている。

「仕事がなければ、自分たちで創出すればいい。このコヘッツイは、自分のそして左官職人の未来づくりなんです」。

左官職人集団を率いる名工の闘志は、衰えることを知らない。

 

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(写真)松木さんが制作したコヘッツイ。表面は高度な技術「大津磨き」で仕上げられ光沢がある。

 

松木憲司(まつき・けんじ) 1963年、東京生まれ。15歳で弟子入り、21歳で「松木左官店」設立。33歳の時、「第33回全国左官技能競技大会」に優勝。02年、「蒼築舎株式会社」に社名変更し若手育成に取り組む。12年、厚生労働省より「現代の名工」の表彰を受ける。

 

(関連ページ) 未来の名工を目指す若き左官職人

 

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