タカラジェンヌから土木業界へ転身


1995年阪神・淡路大震災を機に

 

タカラジェンヌから現場監督へ―宝塚歌劇の娘役で活躍していた小西惠子さんは、95年の阪神・淡路大震災を機に土木事業の世界へ転身した。未知の舞台で奮闘して約20年。「土木事業がライフラインを支えている」の使命を胸に現場に立つ小西さんに話を聞いた。

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大震災が人生を変えた。宝塚歌劇団の雪組に配属されて3年目。娘役として夢多き日々を送っていた小西さんを震災が襲った。倒壊した家屋、燃え上がるビル、横転する電車・・・。悲惨な災害現場を映し出すテレビニュースに釘付けの小西さん。その目を奪ったのが救出・復旧作業で懸命に働く人たちの姿だった。

「その画面を見た時に思ったんです。人として大事なことは何かと。人の生活の基盤として役立つことをしようと決心したんです」

決めたら迷わず実行するタイプ。和歌山県橋本市の実家が建設業なのも決断を後押しした。震災の翌年、歌劇団を退団し実家に戻った。もとより建設・土木の知識はゼロの小西さん。参考書を頼りに独学で猛勉強し、数々の資格を取得していった。

 

「土木事業がライフラインを支えている」誇りと使命感

 

「最初は見習いからスタートして工事の入札などの書類作成が主な仕事でした。2年目から現場に出ました」と振り返る小西さんの土木事業のキャリアはすでに20年近い。現在は工事全体を管理する立場。工事前には施主との折衝や地元対策。工事に入れば現場監督として設計書や進捗状況のチェック、作業員への指示など仕事は多岐に渡る。

「道路の陥没、橋の崩壊など有事になればまず土木での緊急対策が必要です。防災と直接に関わっているのが土木。私は、土木事業がライフラインを支えているという誇りと使命感を持って日々、仕事をしています」

みんなが力を合わせて一つの事をやり遂げるのが物づくり・土木事業の魅力という小西さんだが、建設現場の若手・女性不足は悩みのタネだ。「土木業界は泥臭く古いという印象が強く残っている。現在の土木を見てほしい。女性進出に関しては業界全体で働きやすい現場環境を具体的に作り始めていますので、どんどんチャレンジしてほしい」

労働環境の厳しさを嘆いてばかりでは始まらない。同じ業界の20代・30代の若い人たちと会合の場を持ち、環境改善をテーマに意見を交換している。「若い人たちの存在は励みになります。私がよく言うのは〝現場〟だけでは土木の面白さの半分しか分からないと。工事の受注から様々な折衝・交渉、現場管理まで全て統括してこそ土木事業なんです」

〝土木の力〟を信じる若い仲間たちとの交流が小西さんの活力源になっている。

◆小西惠子 和歌山県出身。90年宝塚歌劇音楽学校入学、92年宝塚歌劇団入団。78期生。阪神・淡路大震災の翌96年に退団。和歌山県橋本市の実家「山口建設株式会社」入社。以後、土木事業に携わる。

 

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